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東京高等裁判所 平成4年(ネ)1719号 判決 1993年1月21日

控訴人

渡辺専一

右訴訟代理人弁護士

松井茂樹

被控訴人

金子祐吉

右訴訟代理人弁護士

田中富雄

横松昌典

主文

本件控訴及び控訴人が当審で追加した第二次予備的請求をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決を取り消す。

(二)  (主位的請求)

被控訴人は控訴人に対し、原判決物件目録(2)記載の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡し、平成二年四月一日から右明渡済みまで一か月金三万円の割合による金員を支払え。

(第一次予備的請求)

被控訴人は控訴人に対し、控訴人から金一五〇万円ないし裁判所が相当と認める金員の支払を受けるのと引換えに、本件建物を明け渡し、かつ、平成二年七月二〇日から右明渡済みまで一か月金三万円の割合による金員を支払え。

(第二次予備的請求)

被控訴人は控訴人に対し、平成五年一二月一五日限り控訴人から金一〇〇万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を明け渡せ。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(四)  仮執行の宣言

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

二  当事者双方の主張は、控訴人が当審で第二次予備的請求を追加したことにより、次のとおり付加・訂正するほかは、原判決事実摘示「第二 当事者の主張」(原判決二枚目表六行目から八枚目裏六行目まで。別紙物件目録を含む。)と同一であるから、これを引用する。

原判決四枚目裏一〇行目末尾に「さらに、右金員の提供が正当事由を補完するに足るものと認められないときは、控訴人は被控訴人に対し、平成四年一二月一五日の当審第一回口頭弁論期日において、本件建物の明渡しを同日から一年後の平成五年一二月一四日まで猶予し、あわせて立退料として一〇〇万円を支払う旨の意思を表明したから、この事情をも斟酌すれば右解約申入れに正当事由が具備されるに至ったものである。」を加える。

原判決五枚目表五行目の「求める。」を「求め、さらに右予備的請求が認められないときは、被控訴人は控訴人に対し、平成五年一二月一五日限り控訴人から金一〇〇万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を明け渡すよう求める。」に改める。

三  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、控訴人が主張する本件賃貸借が一時使用のための賃貸借であるかにつき判断する。

1  先ず本件賃貸借に関する契約書である甲第一号証の成否につき判断するに、同号証には、特約事項として、契約期間は二年間のみとし、契約満了の場合は無条件にて立ち退くものとするとの記載があるところ、その被控訴人名下の印影は同人の印鑑により顕出されたものであることは当事者間に争いがなく、また、原審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果によれば、当時転居を希望し、適当な借家を探していた被控訴人が、知人で白雲荘に居住していた佐々木の紹介で本件建物を賃借することになり、本件建物を賃借する手続いっさいを同人に任せ、同人が被控訴人の代理人として控訴人から本件建物の管理を任せられていた長井との間で、甲第一号証を作成し、本件賃貸借に関する契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した事実が認められ、この認定に反する証拠はないから、同号証は真正に成立したものというべきである。

2  次に、甲第二号証の成否につき判断するに、同号証には、被控訴人が控訴人に対し、平成元年七月一五日(本件賃貸借の契約期間満了の翌日)までには、無条件にてアパート白雲荘下七号室より立ち退くことを堅く誓約する旨の記載があり、その被控訴人名下の印影は同人の印鑑により顕出されたものであることは当事者間に争いがなく、また、原審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果(後記措信できない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人の意向を受けた長井が、平成元年三月三一日ころ、白雲荘を訪れ、白雲荘に居住する借家人を一室に集めて控訴人が白雲荘建替のため借家人に立退を求める意向であることを伝え、これに協力するため契約期間が満了すれば賃借建物を明け渡す旨を誓約する趣旨の文書を作成するよう求め、長井が被控訴人からその印鑑を預かり、印刷された部分以外の空白部分に、立退期限、本件建物の部屋番号(下七との記載は誤記。)、作成日、作成者である被控訴人の記名・押印をし、さらに、その下部に控訴人が期間満了時点で明渡しを申入れ、更新料・家賃等は従来通りとし、被控訴人が部屋の見つかり次第に引っ越す旨を書き込んで甲第二号証を作成したことが認められ、甲第二号証の作成の経緯に関し、原審における被控訴人本人尋問の結果中には、長井から立退期限等の具体的な説明がなく、被控訴人は長井が立退の説明に来たことを証明するために印鑑を預けたとの趣旨の右認定に反する部分があるが、右部分はたやすく措信することができず、他に右認定に反する証拠はない。右認定の事実によると、甲第二号証は真正に成立したものというべきである。

3  そして、前示の事実に前掲甲第一、第二号証、成立に争いがない甲第三号証の一、二、第四号証、第六、第七号証、第一〇ないし第一二号証、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一ないし一四、第四号証、第六号証、第八号証、第九号証の二、原本の存在及び成立について争いがない乙第五号証、控訴人主張のとおり撮影された写真であることに争いがない甲第五号証の一ないし七、被控訴人主張のとおり撮影された写真であることに争いがない乙第七号証の一ないし四七、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる甲第八号証の一ないし五(二ないし五については原本の存在とも。)、原審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果(後記措信できない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件賃貸借に関する事情として次の各事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(一)  控訴人は、白雲荘のほか、東京都杉並区内に共同住宅(アパート)を所有しているところ、白雲荘が昭和三〇年五月に建築された木造二階建共同住宅(一六部屋のアパート)で、老朽化したことやその敷地を有効に利用するため、昭和六一年一二月ころから、これを取り壊してマンションを建築したいと考え、白雲荘の各部屋の賃借人との間で賃貸借契約(更新契約を含む。)を締結するにあたっては、いずれも賃貸借契約期間を平成元年七月ころまでに満了するように設定し、借家人が期間満了時には無条件で立ち退くことを特約事項として契約書に記載した。そして、控訴人は、昭和六二年七月一五日、被控訴人との間で本件賃貸借契約を締結した際にも、期間を二年間とし、期間満了時には被控訴人は無条件で立ち退く旨の特約条項を契約書(甲第一号証)に記載し、敷金として一か月分の賃料額三万円を受領したが、権利金その他の金員を受領することはなかった。

(二)  被控訴人は、大正一二年生の単身生活者であるが、昭和五八年ころから高血圧症、心臓疾患等を患い、仕事にも従事せず、生活保護を受けて近隣の病院に通院するといった生活を送るようになり、昭和六二年二月に長年居住していた東京都港区三田五丁目のアパートから同区白金一丁目の大原荘(簡易宿泊所)に転居したが、さらに他所への転居を希望し、佐々木の紹介で本件建物を賃借することになった。被控訴人は、本件賃貸借契約締結の手続を佐々木に任せ、契約書に記載された前記の期間や特約に関し、長井や控訴人から直接説明を受けたことはなく、他に転居先があれば期間満了時に転居する意向であり、これを重要なものとして意識することはなかった。

(三)  控訴人は、平成元年三月三一日ころ、長井に依頼し、白雲荘の各部屋の賃借人に対し、契約書に記載した明渡期限ころには立退が完了できるよう誓約書を作成させることとし、長井が白雲荘を訪れ、当時居住していた借家人約一〇名を集め、控訴人に建替えの計画があることを伝え、契約期限には無条件で立ち退く旨記載した誓約書の提出を求め、被控訴人のほか四、五名の借家人は、印鑑を預け誓約書を作成し、被控訴人は、前記契約書に記載した特約条項と同一の趣旨で、転居でき次第退去する意向のもとに、前記のとおり甲第二号証を作成し、これを控訴人に提出したものの、その余の賃借人は右のような誓約書を作成しなかった。

控訴人は、被控訴人を含む九名の借家人に対し、平成元年七月になっても白雲荘から立ち退かなかったため、その後白雲荘からの明渡しを求める訴えを提起したが、うち二名の借家人に対しては訴えを取下げ、うち一名とは賃貸借を継続する内容の和解をし、平成三年九月当時でも被控訴人を含む借家人七名がなお白雲荘に居住し、現在においても被控訴人のほかにも単身生活で高齢のため転居できない借家人数名(右和解や取下げをした借家人のほか裁判上の和解において賃貸借契約が終了したことを確認し、明渡しを約させたものの、明渡しの執行ができないものを含む。)が居住し、その建替計画が具体化することはなかった。

(四)  被控訴人は、平成二年一月三〇日に同年二月分の賃料を控訴人に支払うまで、従来どおり請求されるまま、賃料及び電気代や管理費を控訴人に支払い、期間が満了した平成元年七月一四日以降にも控訴人から格別の明渡しの請求がなかったが、控訴人から同年一〇月末ころ年内に転居先を見つけて立ち退くように求められたため転居先を探したものの、親戚等の頼れる先もなく、高齢で生活保護を受け所得がないことから近隣で民間アパートの賃借ができず、転居先を確保できなかった。控訴人は被控訴人に対し、平成二年一月二六日付けで、同月末までに本件建物を明け渡すよう求める内容証明郵便を発し、被控訴人は、同年二月二〇日、転居先を探していること、東京都港区立の高齢者住宅に入居できるかもしれないこと、転居先がみつかるまで面倒をみてほしいとの趣旨の控訴人宛の葉書を出したが、右入居のための抽選にもはずれ、転居先を探したものの確保できなかったため、本件建物の明渡しができず、同年六月九日、控訴人が本訴を提起するに至った。

(五)  白雲荘は、昭和三〇年の建築以来相当の年数を経過し、老朽化しているものの、平成三年六月当時においても、土台や柱に腐食はみられず、モルタルリシン吹きつけの外壁にもほとんどクラックがなく、セメント瓦葺の屋根に漏水箇所もなく、その内部も天井、床、壁とも使用に差し支えるような破損箇所はなく、電気配線等の電気系統にも支障が生じておらず、全体として良好な状態が保たれており、管理次第でなお一〇数年間の使用に耐えられるものであり、建替えの緊急の必要があるということはできない。また、付近にはいまだ木造建物が相当存在し、白雲荘が近隣に相応しない建物であるということもできない。

以上の事実が認められ、原審における控訴人本人尋問の結果中の、白雲荘の建物内部が腐食し、電気系統が古く危険である、被控訴人が控訴人に対し、平成元年一〇月末日に年内に本件建物の明渡しを確約したとの右認定に反する部分は、前掲乙第六号証及び被控訴人本人尋問の結果に照らし措信することができない。

4 ところで、借家法八条の「一時使用ノ為建物ノ賃貸借ヲ為シタルコト明ナル場合」とは、建物使用の目的、賃貸借契約締結の動機、その他諸般の事情から、当該賃貸借を短期間に限って存続させる趣旨のものであることが客観的に判断される場合であることを要するものと解すべきであるところ、前示のとおり、本件賃貸借は、契約書において期間を二年間とし、期間満了時には被控訴人が無条件で立ち退く旨の特約条項が記載されており、平成元年三月三一日ころ、これを確認する趣旨で被控訴人が誓約書(甲第二号証)を控訴人に提出している。しかしながら、前示のとおり、本件建物は、賃貸用のアパートである白雲荘の一室であり、控訴人が白雲荘をマンションへ建て替える計画を有していたとはいえ、本件賃貸借契約が締結された当時、右計画が具体化していたとか、老朽化のため建替の必要が切迫していたとかいうことはできず、被控訴人が控訴人の具体的な建替計画や本件建物取壊しの計画を了解したうえ右特約条項が記載されたと認めることはできない。また、他にも転居が困難な居住者がいたため、その後も右計画が具体化したことはなく、被控訴人が期間満了後においても継続して賃料を控訴人に支払っていたこと等の事情をあわせ考慮すれば、本件賃貸借は、高齢で病弱な被控訴人の居住のための賃貸借であり、被控訴人が、右建替計画が具体化しない段階においても、当然に賃貸借関係を短期で終了させることを承認する趣旨で前記の特約条項を契約書に記載したということはできず、右のような賃貸借の目的、動機、その他諸般の事情からすれば、当該賃貸借を短期間に限って存続させる趣旨のものであったと認めることはできない。したがって、本件賃貸借がいわゆる一時使用のための賃貸借であるということはできない。

三  次に、請求原因2(二)(合意解約)につき判断する。

控訴人は、前記甲第二号証が作成されたことから、控訴人と被控訴人間に合意解約(期限付き、もしくは明渡猶予期間が付されたもの。)が成立したと主張する。しかしながら、前記の甲第二号証の作成の経緯、その記載内容に本件賃貸借関係の推移をもあわせ考慮すれば、同号証の本文には、被控訴人が期間満了後無条件で本件建物から立ち退く旨の記載があるが、右文言は、前記の契約書記載の特約条項の記載内容を確認するにすぎないものであり、その下部にある書き込み部分には控訴人が期間満了時に被控訴人に明渡しを求め、被控訴人は転居先が見つかり次第明渡しをする趣旨が記載され、期間満了後も、被控訴人が従前どおり居住を続け、賃料等を支払っており、平成元年一〇月末日まで控訴人から明渡しを請求されたことがなく、被控訴人は当時高齢等で転居先の確保が容易ではなかったものであり、他方、控訴人が被控訴人に対し賃貸借終了に際し何らかの利益になる事項を約したことがなかったことからすれば、甲第二号証を作成した当時、被控訴人は、控訴人に建替計画があることから、期間満了時にその計画が具体化すれば本件建物を明け渡すこともやむをえないものと考え、転居先を確保できれば本件賃貸借契約を終了させる意思を有していたにとどまり、控訴人も右のような被控訴人の転居が困難な事情およひ控訴人の意思を了解して同号証を作成したということができる。そうすると、被控訴人と控訴人が同号証を作成したからといって、本件賃貸借契約を明渡猶予期間を設けて直ちに合意解約したと認められないだけではなく、期間満了と同時に賃貸借を終了させる期限付き合意解約をしたと認めることはできない。その他に控訴人主張の合意解約がなされたことを認めるに足る証拠はないといわざるをえない。

そうすると、控訴人において更新を拒絶する通知をなさなかったことから、控訴人と被控訴人の間で、期間が満了した平成元年七月一四日、同一の条件で期間の定めなくさらに本件建物につき賃貸借をなしたものとみなされることとなる。

四  当裁判所も請求原因2(三)の解除の主張は理由がないものと判断する。その理由は原判決の理由四(原判決一六枚目裏一〇行目から同一七枚目裏六行目まで。)に記載のとおりであるからこれを引用する。

五  請求原因2(四)(五)(正当事由による解約の申入れ)について判断する。

1  請求原因2(四)(1)(解約申入れ)の事実は、被控訴人において明らかに争わないから自白したものとみなされる。

2  前示の事実によれば、控訴人は、白雲荘のほかにも東京都杉並区内に共同住宅を所有し、白雲荘が建築後三〇年以上経過し、老朽化したことや敷地の有効利用のため、マンションへの建替計画を有し、居住者の立退を求め、相当部分の立退を済ませたが、被控訴人のほかにも転居が困難な借家人が居住を続け、訴訟で明渡しを求めたものの、訴えを取下げ、賃貸借を継続する和解をするなど、その明渡しを求めることが困難な状況にあり、そのため建替計画が具体化していないこと、白雲荘は全体として良好な状態が保たれており、管理次第でなお一〇数年間の使用に耐えられるものであり、控訴人が建替えの緊急の必要に迫られているということはできず、付近にはいまだ木造建物が相当存在し、白雲荘が近隣に相応しない建物であるということもできないこと、他方、被控訴人は、高齢の単身生活者であり、病弱なこともあり、生活保護を受けているなど収入も乏しく、転居先を探したものの見つけることができず、転居が著しく困難ということができる。そうすると、被控訴人の本件建物使用の必要性は控訴人のそれと比較し極めて大であり、前示の本件賃貸借契約に関する諸事情を考慮しても、控訴人の解約申入れに自己使用その他の正当事由があるということはできない。また、控訴人は、原審において一五〇万円ないし裁判所が相当と認める立退料(約二〇〇万円)を支払う旨の意思を表明し、その支払いと引換えに本件建物を明渡しを求める申立てをし、当審において、これが正当事由としてなお不足であるときは、平成五年一二月一四日まで明渡しを猶予し、立退料一〇〇万円を支払う旨の意思を表明し、同日限り一〇〇万円の支払いと引換えに本件建物の明渡しを求める旨の申立てをしたが、右のような被控訴人の本件建物使用の必要性が高度であることを考慮すれば、右各申立てにより正当事由を補完することはできないものというべきである。

したがって、控訴人の解約の主張は理由がないものというべきである。

六  以上説示したとおり、控訴人の主位的請求及び第一次予備的請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であり、控訴人が当審で追加した第二次予備的請求も理由がないから、本件控訴及び当審で追加した第二次予備的請求をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 白石悦穂 裁判官 犬飼眞二)

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